「突撃!」「どこへ?」「そのへんで…」

ジリ貧ワインバーオーナー「かめお」の仕事やら日常やら… ワインとお客様が命の僕らにどうか愛(合い)の手を!
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
突然ですが…僕はもう読み終わっちゃいました。


それぞれが生活する環境の中にそれぞれの世界があり、人はその中で一つの『人生』をつくり上げ、死ぬ。

世界と世界が交わって世間が出来上がり、その集合体として社会という存在がつくられる。


今回も僕の人生に一つの教訓を残してくれた。

そんな作品が、下の写真
     ↓
jami_03.jpg

邪魅の雫』です。

[邪魅の雫]の続きをゼヒ読んで下さい
スポンサーサイト
そんなこんなで京極ワールドに片足をツっこんじゃった貴方。
『えーと、誰だっけこれ…』
『なんでこうなったんだっけ?』
いろいろあって、もう一度読み返しちゃったりしてませんか?
フムフムなるほどそうだったか…そんな時に気づいた筈。
なんか軽い自覚症状…しかし。


もう手遅れです


それは京極中毒症

陰性です重病です末期です感染しちゃってます。
そしてもう抜けられないのです。

そんな貴方に次に読んで頂きたいのはこちら!
         ↓
20060713003904.jpg

絡新婦の理

…です。

なんで順を追って読まないの?とお思いでしょうが、ここは騙されたと思って行ってみて下さい。


な、な、なんと!


読み終わると「前の話が読みたい!」と思ってしまうのですわ。
丁度いいスッ飛ばし加減。
なんか知らない人が加わってたりまだ読んでないのに「去年の夏の事件で…」とか言われリャーそーなるのは当たり前。

でも、そこまでを読んでなくても読破するのに何ら支障を来さない。
前作が資料化していない。
でも読んでると更に奥が深くなる。

それも後々体験して頂く為に、ここへ飛んでみて頂きたい。


謎は一つではない。一つも謎ではない。
それがこの作品に対する僕の感想。


ページ数も読み応え充分!

さぁ。君もチャレンジ!!!!!!!
さて、『嗤う伊右衛門』は読んでいただけましたか?

みんなのよく知る“怪談”を泣かせる時代劇風に昇華した良い作品でした。
因みに、これは映画化されていますが、個人的には見る必要はないものと判断します。
深くは説明したくないのでゴメンナサイ(その内書くかも…)。


それでは、次は『京極堂』シリーズ(と呼ばれているかは不明…)に入りましょう。



第一作目は

ubume-b-02.jpg

ubume-b-01.jpg

そう。

姑獲女の夏

であります。



京極さんの作品の中ではある意味異色なこの一冊。

そう、なんかトリッキーなんです。
他の作品では「不思議でない現象が不思議でなく積み重なっていった結果、異常な事件が起こった」
そんな印象を受けるのに対し、この作品は「異常現象の積み重なり」的な構成…
文章力がないのでこんな位の表現しか出来なくて自分自身もどかしい上に的を得てない様な気もしますが。



僕的な意見を言わせてもらえば、なんか完成していない…そんな感じ。
作品的にも構想的にも世界観的にも…


京極さん本人が見たら「何をいってるんだ!」と
「君にはこの真意が伝わらなかった」と言われそうですが、僕はそう感じました。

しかし、この作品こそが、これ以降の作品をより楽しく読ませてくれるのもまた事実。
関口巽』という奇異なる人物。
その半生を描き、これ以降に至る登場人物たちの紹介にもなっているこの作品。



やはり見逃すわけにはいかんでしょう。

因みにここでは文庫版をアップしていますが、僕はノベルス版を友人から貰った。
最初はあの表紙で毛嫌いし、入手から読み始めるまで3ヶ月を要した。


しかし、よんでハマった!

貴方も気を付けてください。
僕は「尊敬する人物は?」と聞かれたら迷わず


京極夏彦


と答えます。

こんな人です。
   ↓

20060609005032.jpg
妖怪達と戯れる京極さんの図



初めての方がドン引きするには充分の一枚。
でもこんな人なんです…多分。

…きっとそうです…


そんな彼の作品を初めて手にしようというアナタには『嗤う伊右衛門』がオススメ!

四ツ谷怪談をご存知でしょうか。
お岩さんが「ウラメシヤ…裏飯屋」と出てくるあの話です。
それを京極風にしたのが本作品。

泣かせます。

読ませます。

何回も読んじゃいます。

江戸後期という時代、世相、風俗。
そんな中で健気に生きる伊右衛門、お岩。
京極という人はどこまでオタ…いや深いのかと思わせる秀作だと思います。


嵌ったら抜けられませんのでご注意を!


尚、今回もですが内容については敢えて書かないようにしたい。
是非、読んで欲しいからです。



『邪魅の雫』はまだ出ないのかなぁ…
貴方は『京極夏彦』という小説作家をご存知でしょうか。


あの水木しげる氏も認める“妖怪オタク”なんだそうですね。
しかも、只、詳しいのではなく、独自の見解を持ち、
“様々な時代の人々の生活の中に息づく妖怪の役割”と
“なぜ神、妖怪、悪魔が産まれたのか”についての持論(学説といってもよい)を持って、
それを一般に知らせることが出来る、希少な方のようです。
しかも時代考察(人の考え方に至るまで)が詳細、的確で、
登場人物たちも実に個性的。生き生きとしていて、それぞれが別の考えをもって行動します。
作品のために登場人物がいるのではなく、その人達がいるからこそ、その物語は出来上がったのだと…
そんなわけはないのでしょうが、そう思わせてくれるストーリーがあると、僕は感じます。


私は京極さんの作品が大好きです。

『この世に不思議なものなど何もないのだよ』
これは、京極さんの持論なのでしょう。
作品を読んだことのない方には理解が難しいかもしれませんので、
無粋ながら云わんとしていることを説明しますと(僕の解釈も多分に含まれますが…)

この世に起こる全ての事柄は、それを取り巻く様々なものが影響し、呼応、又は反発し、相乗、比例、反比例を起こし、
それら全ての、または一部の結果として起こり、また次の事柄の要因となるという意味での過程となっていく。
そしてそれら要因となるべき“結果”であったもの達を全て把握し、
正しく(という言い回しは適切でないかもしれませんが)認識、分析、取捨選択することにより、
理解することができるのだと言っています。
つまり、“不思議”というものは全て“認(知)識不足”からくるものだという事だと思います。

かといって、森羅万象全てが科学的に、物理的に、力学的に解明されるものではないと、
むしろそれは意味のないことだと、京極氏は訴えます。
人の心は、数値化すべきでないと、僕も思う次第であります。


つづく
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。